徳川五代将軍家綱公の生母桂昌院は、京都西陣の八百屋に生まれ、名前を「お玉」と呼ばれたと言われています。
その後、三代将軍家光の側室となって綱吉を生み、将軍の生母として大奥で権勢をふるうと共に、従一位まで上り詰めたことから「玉の輿」という言葉が生まれたと言われています。
その桂昌院は、故郷の京都西陣を忘れずその興隆につとめ、氏神である今宮神社に寄進し、社殿を修復し四基の鉾も新たに作られたということです。
おまかせ京都では、この桂昌院にちなんだ「玉の輿守り」を、調達させて頂きます。
京都市北区紫野 今宮神社
玉の輿お守 ¥800 調達時間 1時間
玉の輿の言葉の由来になった物語の発祥の地の今宮神社!発祥の地だけにご利益は抜群かも?
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